「生命とは何か」という問いに答えようとしたとき、チリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・バレーラは、ひとつの根本的な洞察に行き着いた。
生命体は、自分自身を産み出し続けるシステムだ。
この洞察から生まれた概念が「オートポイエーシス(autopoiesis)」だ。ギリシャ語の「autos(自己)」と「poiesis(産出)」を合わせた造語だ。1972年、彼らはこの概念で生命を定義した。
生命体は環境から何かを「受け取って」機能するのではない。自分自身の構造を維持・産出しながら、環境との関係の中で自律的に存在し続ける。細胞がそうであるように、免疫システムがそうであるように、生命体全体がそうだ。
この概念は、感情についての理解を根底から変える。
感情は「内側」にあるのではない
伝統的な感情理解では、感情は「内側で起きて外に漏れ出るもの」として描かれる。心の中で感情が発生し、その感情が表情や行動として表出される、という図式だ。
しかしオートポイエーシスの枠組みは、別の絵を描く。
生命体は閉鎖的・自律的なシステムとして自己を産出するが、それは環境から切り離されているのではない。生命体は環境との継続的な相互作用の中で自己を維持する。この相互作用は、外部から情報を「受け取る」というよりも、環境と共に「出来事を起こす」に近い。
バレーラはこれを「エナクション(enaction)」という概念で発展させた。「知ること」は頭の中での情報処理ではなく、身体と世界と行動の間に生まれる出来事だ。
感情も同じだ。感情は「内側に生じて」外に出るのではなく、身体と世界の相互作用の中に生まれる。
感情は情報ではなく、関係だ
この理解の含意は深い。
もし感情が「内側の状態」であれば、感情を管理することは内側を操作することになる。呼吸法、認知的再評価、薬物介入——これらはすべて「内側の化学バランスや思考パターン」を変えることで感情を変えようとする。
しかしもし感情が「身体と世界の関係」から生まれるなら、感情を変えるためにはその関係を変える必要がある。
これは些細な違いではない。
たとえば、職場で慢性的な不満を感じているとき。「内側の状態」モデルでは、その不満を管理するために個人的な技法を使う。「関係から生まれるもの」モデルでは、その不満は職場環境との関係が「合っていない」ことを示す信号だ。問題は個人の中にあるのではなく、関係の中にある。
これはより根本的な問いを要求する——この環境との関係は、変えられるか?変えられないなら、関係そのものを変える(場所を変える、人間関係を変える)ことを考えるべきか?
自律性と感情の政治学
バレーラのエナクション理論は、知識人にとって特別な魅力を持つ。それは認識の主体性を再定義するからだ。
デカルト的な「観察する理性」は、世界を外から眺める観察者として自己を設定する。エナクションの視点では、そのような「外側の観察者」は幻想だ。知ることは、いつも参加することだ。身体を持ち、場所を持ち、歴史を持った存在が、その全体性で世界と接触するとき、知識が生まれる。
感情は、この接触の中で生まれる。それは理性の外にある雑音ではなく、具体的な存在として世界と関わることから生まれる、知識の形だ。
日本の「場の論理」は、この洞察と深く共鳴する。「場」という概念は、個人を環境から切り離して理解することを拒否する。人は「場」の中にあり、「場」と共に変化する。感情もまた、個人の内部ではなく、人と「場」の関係の中に生まれる。
オートポイエーシスと自己変容
バレーラの視点が最も示唆に富むのは、自己変容の問題においてだ。
オートポイエーシスのシステムは、自己参照的だ。自分自身を産出し続けながら、環境からの撹乱に応じて自己を変化させる。しかしその変化は、外部から「プログラムされる」のではなく、システム自体の構造によって決まる。
感情を変えようとするとき、私たちはしばしば「正しい技法」「正しい思考」を外から取り込もうとする。しかしオートポイエーシスの観点では、変化は常に内側から生まれる。外部の介入は「撹乱」を与えることはできるが、変化の方向と深さは、システム自身が決める。
これは受動性を意味しない。むしろ、変化に向けての積極的な自己関与を要求する。感情は変えられる。しかしそれは「感情を正しく管理する技術を取り込む」ことではなく、「自分が世界とどのように関わっているかを、身体ごと変える」ことによってだ。
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